今回の英語学習コラムは、今から12年前の2005年12月18日に配信したメルマガを元にお届けします。

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さて、皆さんは「英語」というと、アメリカ人、イギリス人などのネイティブの存在だけを意識されますか?

彼らのように話せるようになりたい、と思って学習されているでしょうか。

私も最初はそうだったんですけど、途中で英語に対する見方が少し変わりました。

今ではむしろ、「世界の人たちと対話するための共通語」として位置づけています。

これはたぶん、自分自身の経歴のせいでしょう。私が今までに直接かかわった「英語を話す外国人」には、むしろ、ネイティブでない人のほうが多かったのです。

スイスの全寮制インターナショナルスクールでボランティアの日本語教師をしたときは、世界各国から集まった生徒たちが相手でした。

ドイツ語、フランス語を母国語とするスイス人のほか、アジアやアフリカから来た子どもたちが多数を占めており、英語のネイティブはごく一部でした。

それ以上に影響が大きかったのは、帰国後に登録した非常勤の政府開発援助の業務でしょう。

これは、発展途上国から派遣された技術研修員のアテンドと通訳をするのが任務です。

この仕事では、当然ながら、アメリカやイギリスなど、先進国のネイティブに会う可能性はほとんどありません。

中には、英語が公用語となっているために流暢に話す研修員(アフリカ諸国やインドなど)もいましたが、みんな、なんともいえない独特の”なまり”があります。

アジア、南米の研修員の場合、あまり英語が話せないこともあるぐらいです。

も、彼らに共通しているのは、とにかく、自分スタイルの英語を堂々と話す、という点です。

発音やアクセントはネイティブとは似ても似つかず、文法や単語の使い方を間違っている人もしばしば。

・・・こういうのを聞くと、ちょっとだけ気分が楽になりませんか?

決して、適当な英語でよい、という意味ではないですが、私たち日本人にも、もう少し積極性があってよいような気がするのです。

ネイティブと同じように聴き取れないから、話せないから、といってコンプレックスをもってしまうと、英語の学習そのものが楽しくなくなっちゃいますから。

アメリカ人やイギリス人をめざす、というよりも、「国際人として、世界の人たちを相手に堂々と意思疎通ができるようになる、そのための英語力を磨く」・・・そういう視点で学習するのはどうでしょう?

ネイティブと同じじゃないけど、自分自身が納得できるスタイルの英語をめざすのです。

発音矯正をするかどうか、というのは本人が決めればよいことだと思います。

いずれにしても、楽しんで取り組む、という姿勢が大事ですね。

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これを読んで思い出しましたが、技術通訳をしていた頃は、確かに非ネイティブの外国人とかかわる機会のほうがはるかに多かった気がします。

最初はインド人の英語の強烈な訛りに驚き、耳が慣れるのに苦労したような・・・。

英語はまさに、世界各国の人たちと意思疎通をはかるための道具なんですよね。異文化の人たちと自由に交流できたら、自分の世界がぐんと広がって楽しいですよ。